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紫色が好きです

紫色が好きです

上を見なくなった街

明日京都を引っ越す。  

謝恩会の帰り道にじわじわと強まるその自覚は、少しだけ視線を上げるきっかけになった。  

人は思ったよりも下か水平を向いて歩いている。越してきたばかりの日は、とにかく我が家の灯台なるものを探すべく視線をあっちこっちしていたのに、今はもう携帯を触りながら下を向いて歩けるし、音楽を聴きながらぼうっと歩いていても迷ったりしない。  

それが今や、明日引っ越しとなった途端に「京都」を集めようと躍起になっていた。わざわざ遠回りして帰ったり、横断歩道の真ん中で遠くを眺めたりしたけれど、夜になった街はぜんぜんはっきり見えなかった。  

どうにか感覚のログを残したいと思ったぼくは、ボイスメモで録音しながらゆっくりと歩いて帰ることにした。人の会話やバスの音、たまに喋ったりして、そうやって空気感を持ち帰れたらなと思った。  

ある程度しんみりはしたけれど、それでもまだぼくは京都に来たいと思っている。でも今は、上を見なくなった街を忘れないために考えたり思ったりしながら明日越す部屋に帰っていった。

パンからインクができるまで

こんにちは、紫です。
先日私が在籍している大学での10日間に及ぶ卒業展示が終わりました。ご来場いただいた皆様ありがとうございました。
つきましてはせっかくなので、今回は私の展示した作品についてつらつらと書き残しておこうと思います。 それではやっていきます。


なに作ったか

卒業制作では「パンからできたインク」を作りました。学科の共通テーマである「交換」から、「食べるものと書くものの交換」を着想し、制作に落とし込みました。
実際に、設置してある試筆コーナーでお試しいただくことで「素材の特徴や差異を体験できる」展示としています。

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主に以下の物を制作しました。

  • パン製インク*6点
  • 焦げたパンの粉末
  • 試し書き用紙・ポストカード
  • A1グラフィック
  • キャプション等
  • 展示台本体

展示台込みで制作を作ったため、(メインの制作物の割に)全体で見ると非常に時間と労力を費やした制作になりました。そのため、難しいことをやったというよりは、時間をかけて初めてのことをたくさんやった制作でした。



なに考えてたか

情報デザインか、グラフィックデザインか。

今回の展示を迎えるにあたって、情報デザイン学科のグラフィック領域の展示ということで、グラフィック表現を主体とした制作にしようと考えていました。これは既存のモノを分析・分解し、展示として再構成するような方法では無く、0から自分のアイデアを表現に落とし込む制作にしたいという思いによるものでした。また、「人が使うモノやその誘導のデザイン」がしたいと考えていたので、「生活の中で身近に感じられて、体験的な要素を持った展示」を作ろうと思っていました。
さらに、今回はいままで苦手にしてきたことを詰め込んだ制作にするつもりで、以下の決まりの下で制作をはじめました。


決めたこと

  • 自分が苦手にしてきたことをやる。→社会性に直接言及しない。立体的な作品をつくる。
  • イデア・企画だけで完結しない作品にする。→モノの訴求力とグラフィックデザインで魅せる。
  • ギリギリに完成しない。→修正点を直す時間と、改良する時間を確保する。
  • 最新の状態を常に展示しておく。→すぐにレビューを貰える環境をつくる。脳内で完結せずにすぐ試す。


何の役に立つのか

誤解を恐れずに書くと、今の社会をより良くすることは大切ですが、それを直接的に伝えるような作品にする必要は無いと考えました。そのため、今回の作品では社会問題を取り扱うのではなく、より生活が豊かになるような提案にしたいと思いました。 もちろん社会性を加味するかどうかはケースバイケースですが、今回の制作は芸術作品であるという点に立ち返り、「もしあれば少しだけ暮らしが豊かに感じる」「あったらなんとなく面白い・楽しい」というような、程度に関わらずポジティブな印象のものを作ることにしました。
今すぐ何かの役に立つ作品ではありませんが、上記のような「不特定多数を対象に、より豊かな体験を提案する」ことも、芸術であるとした上で制作をはじめました。


苦手なデザイン

以前から傾向として、発進時のアイデア・企画が面白くても、訴求力のあるアウトプットに至れないことがありました。これは企画を詰める段階で時間をかけすぎて納期が短くなり、そこから逆算でものづくりをはじめるため「納期に収まる程度のスケール」になることが原因でした。また、アウトプットがソフトウェア内だけ(もしくは出力のみ)で完結するように作る傾向があり、モノとしての強度を持った「立体物」の制作に抵抗を持っていました。
そこであえて今回は苦手な立体物で表現することと、それを得意なグラフィックデザインで魅せることに挑戦しました。


マージン管理

また、今回の制作では特にスケジュールに余裕をもって完成させることを決めました。具体的には展示2週間前に完成させて、その後は各種告知や撮影にあてる予定でした。結果的には、2週間前に一旦完成できたのですが、印刷物のリテイクや一部の作品が本当に必要かどうかテストする時間にあてられることになりました。意図的に作った時間的猶予はブラッシュアップの作業で使い切ってしまいましたが、これも制作時間の管理をしていなければできなかったことなので助かりました。
また、前述のように、どうしてもPCの中だけではアウトプットの状態が見えてこないので、「作品を作る→レビューする→作り直す」という流れを頻繁に繰り返しました。先述したような十分なマージンを取ることで解決できる類の問題は起こりうるので、常に意識をしながら、解決にあてるための時間を捻出する必要があると再認識しました。


展示し続ける

「完成形の状態を常に見える状態にしておく。更新したら素早く見せてレビューを受ける」ことも、今回の制作で意識していました。
自分は完成形の前の作品を魅せるのは恥ずかしいと思っていました(思っています)が、それでも、恥ずかしくない最終型にするために、人目に付く場所に常に展示して制作を続けました。 実機を常に最終形態で展示し続けていたので、いつも最新の状態で使用者の反応を見ることができました。私の展示は体験型なので、怪我や故障を避けるためにも、更新が入る度に日々様々な人にご協力いただいて、テストを繰り返す必要がありました。
やはりやってみないとわからなかったことはたくさんあり、作品のクオリティに如実に現れるようなブラッシュアップ案は、結果的にこの施策から多く得られました。



ユーザーのこえ

100枚のおみやげと、33枚のあしあと

10日間の展示期間中の朝と夜に作品のメンテナンスをしていたのですが、展示会場に行く度に、設置していた試筆用紙や持ち帰り用のポストカードが使われているのが確認できて嬉しかったです。実際に全体の会期を通してA3の試筆用紙は合計33枚分が使われており、お持ち帰り用のポストカードも100枚ほど設置した分が全て無くなっていました。
スタッフをしている時などはありがたいことに、筆記をお試しされている場面に何度か遭遇できました。そうやって自分の作ったものが社会性を帯びていく様というか、誰かに使われて、そして体験を届けられたということが非常に有意義だったなぁと思うし、何より面白く感じました。
自分の作品を受けて、何も知らない一般来場者はどういう動き方をするのか。触るのか触らないのか、危険な場面は無かったか、男性の動き女性の動き、どのインクが多く使われて、それで何を書いたのか… 全てが新鮮で面白く、興味深い体験でした。同様にご来場いただいた皆さまにもそのような体験を届けられたのならば幸いです。

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オンラインのみなさま

大変ありがたいことに、インターネット上でも本作品に関する感想が観測できたので、以下にその一部を引用させていただきます。

オフラインのみなさま

それでは最後に、ご来場いただいた皆さまが試筆用紙に残された文・イラストを載せていきます。

朝採れたての新鮮なログ#pantone_log

宮崎出身の方からコメントいただいた #pantone_log

国際色マシマシでお届けしております #pantone_log

朝市のようす #pantone_log

>:-( #pantone_log

インクです #pantone_log

イラストおじさん #pantone_log

大きく書いてて良い #pantone_log

これすき #pantone_log

全33枚。お試しいただいた皆さま、ありがとうございました。 #pantone_log

制作にご協力いただいた皆さま、ご観覧いただいた皆さま、ありがとうございました。

Rails進捗

卒業制作展示会を目前にしているのだけれど、既に制作は終わっており、いまいち作るものがない。
このままでは、なにか作る熱が消えそうでもったいなかったので、最近はRuby on Rails チュートリアルやっている。

以下進捗です。

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ダミーテキストで遊ぶのたのしい。

コーディングもおぼつかないのに、こんなことやってていいのかという感情と、Webサービス作りたいという感情が重なった結果、後者が勝ちました。欲求すごい。あと、Adobe Museの力を見てしまったからというのもある。

基本的にわからない単語や知識ばかりでめちゃくちゃ詰まっては調べて進むをやっているので、すこぶる速度が出ない。でも、出ないなりにも続けて少しづつ進んでいる間隔があるのが大変良い。(実際Heroku上にデプロイかけたのがちゃんと動いたので嬉しい)

本章にもあるように、「今の段階でわからなくてもとにかくやってね。でも後半説明するから全部やってね」という心持ちと、勢いで事にあたっている。自動生成でつくるものは動かせたので、次は自分で構築していきたい。どんなのが作れるのか楽しみなこのポジティブさを糧に横文字と戦っていきます。

前厄

日記

こんばんは。前厄の紫です。  

 

つい先ほど9年選手の鏡が割れました。当時、同じ誕生日の先輩にいただいた鏡なのですが、私の不注意と立て付けの悪さから落下し、割れてしまいました。  

 

思えば9年も同じプロダクトを使い続けていたことに驚きます。そして、よく9年も保ったなぁ。という感想です。

 

長い間ありがとうございました。最後が私の不注意で申し訳ないのですが、どこか勝手に「厄」を肩代わりしてくれたように感じたので、そう思うことにしておきます。

 

先日も、iPhone6の液晶を使用3年目でついに割ってしまったこともあり、今年はガラス製品を割る危険があると思われます。今のところは製品の破損で止まっていますが、今後は自分が怪我をしないよう気をつけねばなりません。

 

…ここまでただの不注意なので、前厄のせいにするのは少し都合が過ぎた気がしてきました。  

ただ、割れたものはどれも使い慣れたものだったので、「慣れほど注意せよ」というメッセージだと解釈しておくことにします。

 

鏡については近いうちに調達しようと思います。鏡も先輩も、ありがとうございました。お世話になりました。

 

所作

雑記

所作を、、もっと言うと、所作という言葉の意味を意識して振る舞っていた時期があった。

記憶の限りでは高校に入学したあたりから意識していたと思う。

 

いつものように夕方のニュース番組の食レポコーナーを見ながら夕食をとっていた時の話。

その日のレポーターさんは20代くらいの若い女性の方で、ピンと背筋を張った姿勢で椅子に座り、料理が来るのを待っていた。

運ばれてきた料理を箸で持ち上げ、手を受け皿の形に添えて、カメラに映るように見せていたのだけれど、その時ぼくはクローズアップされた料理では無く、レポーターの作った受け皿の、その手に目を奪われていた。綺麗なアーチを描いて揃えられた指の階段や、沿った親指を見て、綺麗だな。と思った。

 

誤解のないように言うと、手フェチに目覚めたとかいう流れではなくて、食事という行為が、自分の中で一段と美しさを増したというか、大切になったというか、上手く言えないけれど意識改革が起きたという感じ。元より食事については作業というより、行為として意識的に努めていたのだけれど、美しさみたいな意識は無かったので上記のレポーターの所作が自分にとって新鮮で、とても衝撃的だった。

 

以来、自分でも食事を筆頭に私生活のあらゆる場面で意識的に指を動かすようになった。美しいというと大げさだけど、それでも綺麗な所作になるように努めた。

やがて高校を卒業するころにはある程度無意識にできるようになっていた。

 

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この「所作」の意識は誰にも話したことは無かった。というのも、今まで誰かに言われたのは「手の造形」についてばかりで「指の動作」についてではなかったので、特に言う必要もキッカケもなかったからだ。

それが先日、ある人から動きについて指摘されたうえに、「所作」というフレーズまでその人から口から飛び出したので、少し嬉しくなってそれでこうして日記を書いている。

 

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ここまで連呼している所作についての説明を、具体的かつ簡単に観測できる例があるのでひとつ紹介しておく。

 

MUJI無印良品: MUJI to GO 2016(Full Version) - YouTube

無印良品の商品紹介動画では、やや誇張気味に感じられるものの、女性モデルによる綺麗な所作が見て取れる。指先の動きや口の動かし方によって商品をより魅力的に見せており、それに伴ってブランドの雰囲気を言外に醸し出している。(ああいった演技指導はどういった方がどうやってディレクションしているのか気になる。)

 

また、これは何のソースもなく自分の感覚だけの話だけれど、所謂オカマキャラの演技からも所作を観測できる。

演技を見ていると、そのキャラをオカマたらしめているものは「言葉遣い」と「指の動き」にあるように思う。言葉遣いは聴覚的であり、指の動きは視覚的にそのキャラクターをたらしめている。

脚本の段階ではテキストだけれど、演技の際には演者の動きでキャラクター性を表さなければならない。そうした時に、大きな動きは腰つきや歩き方で表現しており、小さな動きは手や指で表現しているのではないかなと見ていて思った。

繰り返すけどこれは個人の所感です。

 

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 本題に戻る。

自分が思うに「つまむという行為」や、それに付随する「モノの先端」には美しさがあると感じている。

ちょうど「箸を正しく持たないと豆をつまめない」ように、「手や指の動き」がその先端の動作についての重要な要因であり、かつそれ自体が美しさを強調している。

こういう話をしていると、美は細部に宿るという言葉を思い出す。

これからも所作を忘れないとともに、外面的な「姿勢」や内面的な「言葉遣い」などにも意識を広げることで、綺麗な生活をしていきたい。

今週はクリスマスです

Twitterに書こうと思っていた文章)

オタク自称してる割に今年オタク活動できてないし、Twitterはキュレーションbotみたいになってるし、デザインも上手くできないので落ち込んできた。


(やっぱり止めてブログに書くことにした時の文章)

オタク自称してる割に今年はアニメも見てないし、ゲームも漫画も例年よりかなり消極的になったし、ラノベはすっかり読まなくなった。今年は対外的な目を気にしすぎたり、金銭の消費を抑えたりでオタク活動できていない。オタク活動できていないことが悪なのではなく、気分転換の方法や自分にとっての日常的な楽しみが少ないことが問題である気がしている。

Twitterも収集した情報をシェアする方針に変えて運用してみたけど、エンゲージメント微妙だし、翌日その件について言及するような場面はほとんどなかった。結局のところ、興味のない情報は意識的に見られないし、「シェアした」からといってそれがイコール「相手が見た」ことにはならないのだと、そんな当たり前のことをはっきりと体感した。キュレーションbotみたいな運用は、ただ自分のメモをインターネットに流しているにすぎなくて、実際に自分がそうであるように、「インターネット上の個人のメッセージ」こそが真に面白いのだから、やはり上記のような運用は止めておこうと思う。

今年インターネットにいたのは、自分じゃない誰か別人のようだった。

さらにもって、卒業制作も難航しており、実際に11月下旬になってようやく作るものが決まった。それからは怒涛で、とにかく実物(モノ)を作っており、グラフィックデザインをしている制作時間的余裕は無かった。最終形態のビジョンが浮かび、「手作業」のフェーズから「デザイン」に移行したのだけれど、自分はデザインが上手くできなくなっていた。一番やりたいことで、そのためにしんどい手作業を乗り越えたのに、どうにも上手くまとまらない。3日くらいこんな調子で、家にある作品集や友人の知見も参考にしながらやっているけど、全体の雰囲気がモヤモヤしている。 ただ、これ以上ストップするわけにいかないので、とりあえず明日は展示台を作る「手作業」に立ち戻ってみることにした。

「うん、でも作っておきなよ。やりたいならまずそっちを作ってから、展示の道具とかはその後でさ。」

制作中の学友の言葉が頭に残っている。自身の表現に対するストイックさが刺さって伝わる。

手作業から何か見えてくるものがあればと締めるのがこれまでの文体なのだけれど、
これは泥臭くつくることでしか解決しない気がしているので、誤魔化すのは止めておく。

そんなわけでデザインも上手くできないのでいよいよ落ち込んできた。

ヒール体験

今日は生まれて初めてピンヒール?というものを履く機会があり、少し履かせていただきました。

視線が10cmほど向上したのですが、正直なところ自分は足もとの不安定さのほうに気をとられていたので、それどころではありませんでした。
世の女性がたはこれを履いて颯爽と歩いておられると考えると驚きます…すごいですね。

ふくらはぎが少し張ったような感覚と、かかとの心もとなさを残してこの体験は終了します。

弊学ではセクシャル・マイノリティに関する話題について、3年次よりなにかと個人的に触れる機会があり、新鮮な体験や気付きを得ることに恵まれているなぁと感じています。
やはり「知らないモノ」については想像のしようが無く、それは誰かを対象とする表現活動において致命傷たりえる場合があると思うので、本当にこういう体験は有り難いものです。
自分ではピンヒール履こうなんて思いませんでしたからね。

「やったことないけどできること」は案外多いのやもしれません。