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紫色が好きです

紫色が好きです

今週はクリスマスです

Twitterに書こうと思っていた文章)

オタク自称してる割に今年オタク活動できてないし、Twitterはキュレーションbotみたいになってるし、デザインも上手くできないので落ち込んできた。


(やっぱり止めてブログに書くことにした時の文章)

オタク自称してる割に今年はアニメも見てないし、ゲームも漫画も例年よりかなり消極的になったし、ラノベはすっかり読まなくなった。今年は対外的な目を気にしすぎたり、金銭の消費を抑えたりでオタク活動できていない。オタク活動できていないことが悪なのではなく、気分転換の方法や自分にとっての日常的な楽しみが少ないことが問題である気がしている。

Twitterも収集した情報をシェアする方針に変えて運用してみたけど、エンゲージメント微妙だし、翌日その件について言及するような場面はほとんどなかった。結局のところ、興味のない情報は意識的に見られないし、「シェアした」からといってそれがイコール「相手が見た」ことにはならないのだと、そんな当たり前のことをはっきりと体感した。キュレーションbotみたいな運用は、ただ自分のメモをインターネットに流しているにすぎなくて、実際に自分がそうであるように、「インターネット上の個人のメッセージ」こそが真に面白いのだから、やはり上記のような運用は止めておこうと思う。

今年インターネットにいたのは、自分じゃない誰か別人のようだった。

さらにもって、卒業制作も難航しており、実際に11月下旬になってようやく作るものが決まった。それからは怒涛で、とにかく実物(モノ)を作っており、グラフィックデザインをしている制作時間的余裕は無かった。最終形態のビジョンが浮かび、「手作業」のフェーズから「デザイン」に移行したのだけれど、自分はデザインが上手くできなくなっていた。一番やりたいことで、そのためにしんどい手作業を乗り越えたのに、どうにも上手くまとまらない。3日くらいこんな調子で、家にある作品集や友人の知見も参考にしながらやっているけど、全体の雰囲気がモヤモヤしている。 ただ、これ以上ストップするわけにいかないので、とりあえず明日は展示台を作る「手作業」に立ち戻ってみることにした。

「うん、でも作っておきなよ。やりたいならまずそっちを作ってから、展示の道具とかはその後でさ。」

制作中の学友の言葉が頭に残っている。自身の表現に対するストイックさが刺さって伝わる。

手作業から何か見えてくるものがあればと締めるのがこれまでの文体なのだけれど、
これは泥臭くつくることでしか解決しない気がしているので、誤魔化すのは止めておく。

そんなわけでデザインも上手くできないのでいよいよ落ち込んできた。