紫色が好きです

紫色が好きです

所作

所作を、、もっと言うと、所作という言葉の意味を意識して振る舞っていた時期があった。

記憶の限りでは高校に入学したあたりから意識していたと思う。

 

いつものように夕方のニュース番組の食レポコーナーを見ながら夕食をとっていた時の話。

その日のレポーターさんは20代くらいの若い女性の方で、ピンと背筋を張った姿勢で椅子に座り、料理が来るのを待っていた。

運ばれてきた料理を箸で持ち上げ、手を受け皿の形に添えて、カメラに映るように見せていたのだけれど、その時ぼくはクローズアップされた料理では無く、レポーターの作った受け皿の、その手に目を奪われていた。綺麗なアーチを描いて揃えられた指の階段や、沿った親指を見て、綺麗だな。と思った。

 

誤解のないように言うと、手フェチに目覚めたとかいう流れではなくて、食事という行為が、自分の中で一段と美しさを増したというか、大切になったというか、上手く言えないけれど意識改革が起きたという感じ。元より食事については作業というより、行為として意識的に努めていたのだけれど、美しさみたいな意識は無かったので上記のレポーターの所作が自分にとって新鮮で、とても衝撃的だった。

 

以来、自分でも食事を筆頭に私生活のあらゆる場面で意識的に指を動かすようになった。美しいというと大げさだけど、それでも綺麗な所作になるように努めた。

やがて高校を卒業するころにはある程度無意識にできるようになっていた。

 

 

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この「所作」の意識は誰にも話したことは無かった。というのも、今まで誰かに言われたのは「手の造形」についてばかりで「指の動作」についてではなかったので、特に言う必要もキッカケもなかったからだ。

それが先日、ある人から動きについて指摘されたうえに、「所作」というフレーズまでその人から口から飛び出したので、少し嬉しくなってそれでこうして日記を書いている。

 

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ここまで連呼している所作についての説明を、具体的かつ簡単に観測できる例があるのでひとつ紹介しておく。

 

MUJI無印良品: MUJI to GO 2016(Full Version) - YouTube

無印良品の商品紹介動画では、やや誇張気味に感じられるものの、女性モデルによる綺麗な所作が見て取れる。指先の動きや口の動かし方によって商品をより魅力的に見せており、それに伴ってブランドの雰囲気を言外に醸し出している。(ああいった演技指導はどういった方がどうやってディレクションしているのか気になる。)

 

また、これは何のソースもなく自分の感覚だけの話だけれど、所謂オカマキャラの演技からも所作を観測できる。

演技を見ていると、そのキャラをオカマたらしめているものは「言葉遣い」と「指の動き」にあるように思う。言葉遣いは聴覚的であり、指の動きは視覚的にそのキャラクターをたらしめている。

脚本の段階ではテキストだけれど、演技の際には演者の動きでキャラクター性を表さなければならない。そうした時に、大きな動きは腰つきや歩き方で表現しており、小さな動きは手や指で表現しているのではないかなと見ていて思った。

繰り返すけどこれは個人の所感です。

 

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 本題に戻る。

自分が思うに「つまむという行為」や、それに付随する「モノの先端」には美しさがあると感じている。

ちょうど「箸を正しく持たないと豆をつまめない」ように、「手や指の動き」がその先端の動作についての重要な要因であり、かつそれ自体が美しさを強調している。

こういう話をしていると、美は細部に宿るという言葉を思い出す。

これからも所作を忘れないとともに、外面的な「姿勢」や内面的な「言葉遣い」などにも意識を広げることで、綺麗な生活をしていきたい。